10文字を“読めない社会”──Xで起きた誤認とバイアスの連鎖
X(Twitter)で「東京都の水道基本料金が無料に」という報道を見たとき、 「水道が使い放題になる!」と受け取る声が少なからず見られた。
記事内容を読まず、誤認・ミスリードしやすいエンゲージメント主体のタイトルだけで、内容を判断する人は昔からよくいた。
誤解やミスは誰にでもある。
多忙な時代に手早く情報を知りたい…その心理はわかるが、問題はそこじゃない。
「タイトルに“基本料金無料”と短い文章で書いてある」 それなのに、全額が無料だと受け止められてしまう—— この読み取りのズレが、思った以上に広がっている。
これは従来の情報リテラシーの問題ではなく、 認知の仕組みそのものに関わる話かもしれない。
言葉による意思疎通を完璧に行うことは非常に難しい。しかしそれでも、文字はそれ以上ない程に情報伝達の手段として優れている。しかし、この「文字による意思伝達の崩壊」が起き始めているのではないかと危惧してしまう。
——“読めていない”。 文字を目で追っていても、内容が入っていない。 わずか10文字の情報でさえ、自分の都合のいいように変換してしまう。 しかも、それに気づかない。
SNS文化、情報過多、直感判断の習慣。 人は今、読まないのではなく、読めなくなって来ている。
GrokやChatGPTに聞いてみたが、双方ともその対処法は「3秒待てば誤解しない」「一次情報を確認しよう」といった テンプレート。そもそもバイアスに気づくには、ただ3秒待つだけでは意味がなく、意識した思考の切り替えが必要。
必要なのは待つことではなく、思考の切り替え。 感情に走る前に、“なぜそう思ったのか”を一瞬でも立ち止まって問えるか。
集団的誤認のヤバさ
個人が情報を誤認すること自体は、それほど深刻に見えないかもしれない。
だが、誤認が集団規模に広がったとき、事態は一変する。
「水道代タダ!」という投稿が数百RTされる一方で、
「基本料金のみ無料です」とする公式発表は数十RTにとどまる。
このとき起こっているのは、単なる誤解ではない。集団による誤解の定着だ。
SNSの仕組みは感情的・単純化された情報を優先的に広げる。
そこに人間のバイアスが加われば、誤認は強化され、訂正は届かない。
確証バイアス:「無料であってほしい」という気持ちが「水道代タダ!」を信じさせる。
同調バイアス:「みんなそう言ってるから」と信じる。
利用可能性ヒューリスティック:目立つ投稿が「真実っぽく」感じられる。
感情バイアス:「やった!」という嬉しさで冷静な読みを飛ばしてしまう。
これらが重なると、「集団が誤認を強化し続ける状態」が生まれ、
もはや訂正の余地がなくなる。
それが繰り返されると、社会には次のような影響が出る:
信頼の崩壊:正しい情報が届かず、「行政はウソをついた」という不信感が広がる。
判断の誤作動:誤認によって政策や行動の支持が誤った方向に誘導される。
分断の加速:「信じる派」と「疑う派」が対立し、対話が成立しなくなる。
「“誤認が起きる”ことを責めてない。でも“誤認が放置される構造”には警鐘を鳴らしたい。」
最初に書いたように、ミスや誤認は誰にでもある。通常は本人が気づいたり、SNSの自浄作用で何事もなく過ぎるものだが、集団が誤認し続けた場合こそが、本当にヤバいのだ。
この問題に対して、全ての人が啓蒙者になる必要はない。
だが、“流されない自分”を持つことが、唯一の防波堤になる。
バイアスに気づくために、自分でできること
ダニエル・カーネマンは、人の思考には「速い思考(システム1)」と「遅い思考(システム2)」があると述べた。
SNSや日常の中で私たちが情報に触れるとき、ほとんどが「速い思考」で処理されている。
それは直感的で効率的だけど、バイアスにとても弱い。
誤認を防ぐためには、次のような意識的な切り替えが必要だ:
「なぜそう思ったのか?」と立ち止まって問う
速く処理した情報に、違和感を持てるかが分かれ目。
見出しに強く引っ張られていないかを確認する
タイトルに感じた印象が、そのまま本文の読解に影響していないか、読み始める前に意識的にチェックする。
→アンカリング効果(先に見た情報に思考が影響される)を防ぐため
感情を刺激される情報ほど疑う
「すごい」「ヤバい」「ひどい」と感じたら、いったん冷却期間を置く。
→感情が先立ち、冷静な判断が欠けやすい状態にあると気づくため
他人の目線を仮想的に借りる
「もしこれを知らない友人に説明するなら?」と想像することで、見落としや思い込みに気づける。
→多角的、客観的に思考を振り返る。また、思考の整理にも役立つ。
事後評価をする習慣を持つ
「あの時なんでこう判断したんだろう?」と振り返ることで、次の判断の質が変わる。→たとえば、「あのポスト(ツイート)、感情に任せて失敗したな」など
バイアスを完全になくすことはできないのですが、バイアスに気づき、距離を取ることはできる。 それだけで、誤認の連鎖から一歩外れることができるはずです。
追記:
今回は「東京都の水道基本料金が無料に」を読んだ受け手側の問題点だけを取り上げたのですが、それは他にも多様な見出しがある中、同じ様にミスリードする人が少なくなかったからです。
しかし、発信側のタイトルにも問題はあり、このタイトルならば「東京」「水道」「無料」と、連続する漢字の先頭しか頭に残りにくい。
「東京都 水道の基本料金が無料に」や「東京都の水道で 基本料金が無料に」など、スペースや助詞を入れることで誤認しにくくなります。
句読点を入れない文章が昨今は多いですが、句読点は、誤解を少なく伝えるために有効な文字として、できれば使い続けたいものですね。