写真日記として載せてなかった写真を出そうとしただけなのに、ひとつ前の記事「同じ場所、違う視点 〜 ChatGPT-4oと5.2に写真を見せてみた」が興味深い内容に展開したので分けて書きます。
そうなんですよね…。この日は夕日に照らされた木が印象深くて、そこを中心にして撮っていました。
ここに人がいたら、どんな写真を撮っただろうと、自分で自分の「見えない写真」を見てみたく思う。
この日とは違う、別の公園での出来事…。
夕方、散歩をしてたんです。
寄り道をした公園で、木々を観察していました。
近くのベンチに4〜5歳くらいの子どもを連れたお母さん。
なぜかテーブルに小さなお弁当らしきものを広げて並んで食べ始めた。
夕方だよ?景色が素晴らしいとかでもない普通の公園だよ?
でも、僕は素敵だなと思った。
なんの変哲もない公園で、半分散りかけた秋の木々を見ながらお母さんと並んで食べる…。
きっとその子が大きくなっても、その情景は心に残ってるんじゃないかと思いました。
普通のことでもなく、特別なことでもない時間。
その時間って、人にとって、実はとても大切なものなのかもしれません。