年始なので富士山
朝…といっても朝イチで写真が面白い時間は寒いので少し陽が高くなってから、散歩。
海岸線を眺めていると時々、ここに堤防がなかったら、テトラポットがなかったら、街がなかったら…大昔見た人の景色はどんなだったろう。
と思うことがある。
街中の電柱や電線…よく邪魔者扱いされるけど、僕はそれも風景の一部として結構好きだったりする。
なのでそういった物の写り込みも気にはならないのだが、今は当たり前にあるその景色が元々は違った景色、と思うと見てみたい気はする。
散歩自体はいつも一時間前後なのだが、写真を撮りながらの散歩なので距離はそんなに歩いていない。
コロナ禍に「コセンダングサ狩り」をしていた時も長い日は三時間くらい…でもほぼ草刈りなので距離はなかった。
この「狩り」についてはいつかブログにまとめたいと思うまま、もう2〜3年経っている。
今はかなりコセンダングサは減り、他の雑草に変わった。
今は当たり前にあるその景色がコロナ禍は違った景色、と思うと見てみたい気はするもう見たくない。
普段は早い朝だったのに、三が日で街が静かだからだろうか、朝遅めの時間でも鳥が多く活動してた。
写真はいつでもいるカラスなのだが。
これは人と共存するために、人が多い時は活動を控える等が理由だったりするのだろうか?
コロナ禍でコセンダングサが異常繁殖したように。
…とか考えながらの散歩だった。